サボア・ヴィーブル 初個展の思い出 その1


2012年 東京・六本木のサボア・ヴィーブルさんで個展を開催しました
今回で10年目となりました。

11年前の秋にここに初めてやって来た日が懐かしい。



2001年の秋、、、僕は益子の陶器市に北海道から参加していました。その当時は、北海道内の陶器市の他に益子の陶器市にまで、足を伸ばしていたんです。

車にタイヤがへこむほど陶器を満載して、春と秋の陶器市に7年ほど通っていました。
各地の陶芸家を受け入れてくれる益子の人達の度量の大きさには本当に感謝です。

益子の陶器市では、地元や全国各地の陶芸家との交流もあり、とてもエキサイティングで楽しい時間を過ごす事が出来ました。

2001年秋の陶器市の帰り、、、過酷な運搬を強いられた車が、とうとう走行中に動かなくなってしまいました。仕方なくレッカー移動して近くの修理工場で見てもらうと、部品交換の修理が必要との事。

修理には1週間ぐらいかかるらしく、仕方なく修理をお願いし、荷物をまとめて東京に向かいました。この際、東京の有名ギャラリーに営業に行ってみようと思い立ったからです。

そこで、訪ねたのがサボア・ヴィーブルさんでした。

すでに、納得いく作品はほとんど益子で販売してしまっていたので、手元に残った僅かをお見せしてもダメかな、、、、と思いましたが、勇気を出して作品を見て欲しいとお願いしました。

運のいい事にオーナーがおられ、すぐに作品を見て頂くことになりました。サボア・ヴィーブルさんのお店の前には、野外テーブルがあって、その上に作品を並べる、、、、
作品を挟んでオーナーと向き合う。緊張の場面。



案の定。作品を見た瞬間からオーナーは様々な指摘を始めました。
そのひとつひとつが的確で、どれも参考になるご意見でした。
説得力があって、そして時に発展的に、当時のうつわ事情を交えたお話。

突然来た若い陶芸家に対して、これほど熱く対応して頂けた事にとてもビックリしていると、
「ロクロはある程度出来るようだね」と言われ、まじまじとうつわを眺めてから

「指摘した事をしっかり考えて作ってみてくれたら、2ヶ月後に個展のスケジュールに空きがあるので、やってみないか。」とおっしゃいました。僕は一瞬、唖然としましたが、即答!
「やらせて下さい」と声を振り絞りました。

打ち合わせを済ませ、帰ろうとするとオーナーが、「チャンスをモノに出来るかは君次第だからな」と声をかけてくれました。
僕の中には妙な自信が込み上げて来て、震えが止まりませんでした。
こういうのが武者震いなんだなとその時思いました。

サボア・ヴィーブルでの初個展は同時に東京でも初めての個展でしたので、初日を迎えるまでのプレッシャーは相当なもので不眠不休で制作をし、肌は荒れ、耳たぶが切れて血を流してしまうほどでした。

「あまり沢山持って来なくてもいいよ」と言われていたので、加減して個展の搬入をすると、梱包したダンボールから出てきた作品を見てオーナーが「今すぐ家に電話して、工房にあるものをとにかく送ってもらうように頼みなさい」と言い出されました。

あの時はとっても嬉しかった。

この10年、様々な助言をサボア・ヴィーブルさんから頂きました。
僕の考え、方向性を考慮してのアドバイスに感謝しています。

「やるべき事はまだまだ沢山ある」
10年経っても、サボア・ヴィーブルさんに来る度に野外テーブルを見てはそう思い起こします。

ちなみに、東京に来るきっかけを作ってくれた車は、
修理工場からの帰路、数キロで再び故障。廃車となりました。
これで、その秋の陶器市での売り上げは、消えてなくなってしまいました。
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