8・22サルサガムテープ旭川ライブ

8・22 あのサルサガムテープが旭川に!

サルサガムテープ in旭川ライブ
8月22日(土)
場所 LIVEHOUSE ASAHIKAWA CASINO DORIVE
   旭川市7条通7丁目 
   TEL 0166−26−6022
時間 17時30開場
   18時開演 
料金 前売り1500円
   当日2000円 
  (ワンドリンク代込み)
予約・お問い合わせ先 
   さぽーと22 
   TEL0166−36−6322(大友)
出演 サルサガムテープ
   和太鼓サークル嵐 
   行政福祉バンドふぁ宙(そら)

 

「サルサガムテープ」は1994年に結成されて20周年を迎えたバンドです。
元NHKの歌のお兄さんかしわ哲さんと元ブルーハーツのドラムスの梶原徹也さんが中心となり、知的な障害のある人たち10名から15名をメンバーとする異色なバンドです。
 そのライブパフォーマンスを見た故忌野清志郎氏は「ロックンロールの原点!」と讃賞して、楽曲の提供や共にライブをするなど、音楽業界に大きな影響を与えています。フジロックなどのフェスなど国内外で出演多数です。
 

ちょっと癖になるリズムに、何とも言えない爽快感のあるハッピーパワーが充満の特色あるコンサート。
ぜひみんなで盛り上がりましょう!

一度聞いたら、ほんと癖になります〜



予約・お問い合わせ先
さぽーと22 TEL0166−36−6322(大友)

 

「アール・ブリュット」とは何かを考えてみる(5)

 これまでアール・ブリュットを密教と比較して考察することによって、アール・ブリュットの世界観を浮かび上がらせてきた。しかし、こうした考え方を日本人以外の人と共有することは、経験上、大変難しい。

 「草や木、石や物に魂があるか」と問われたら、あなたはどう答えるか。きっと「ある」と答えるか、そうでなくても理解はできるのではないだろうか。しかし、実はこうした考え方は日本人特有のもので、密教が伝わるチベットでさえ、虫や獣には魂があっても草や木には魂は無いと考えられている。

 日本は、仏教が大陸から伝来した後も、古来より続いてきた森羅万象に八百万(■やおよろず)の神が宿るとするアニミズム的な世界観を大切に残した。それが今日まで影響を及ぼしているのだろう。携帯電話などが日本市場で独自の発展を遂げ、海外との汎用性を失うことをガラパゴス化というが、今に始まった訳でも無さそうだ。アール・ブリュットを考えていく上で、日本の特異性までも知るに至ったのはとても面白いことで、言い換えれば日本こそアール・ブリュット的な国とも言えるだろう。

 考え方の違いから、長年アール・ブリュットを研究してきた欧米の人たちと密教を題材に語り合えないのは、私としては非常に残念だ。しかし同じように欧米の研究者の中には、中世ヨーロッパで盛んに行われた「錬金術」からアール・ブリュットを考察している人もあって、実にユニークだ。このように多様な角度からアール・ブリュットを考える行為、それがアール・ブリュットを鑑賞する醍醐味だと私は思っている。

 アール・ブリュットが出来上がった背景が、そもそも現実社会や孤独からの逃避で、その表現が一見おどろおどろしく直視出来ないものであっても、非現実の世界を作り出して、そこに活路を見出そうとした作者の想いがちりばめられている。「アール・ブリュット」を考察することは、作者と時空を超えて非現実の宇宙を共に冒険する行為でもあるのだ。

 有名、無名に関わらず、アーティストとその創造の世界を探求する行為は時として、自分の内面を探り当てることにも繋がる。アール・ブリュットは表現の根底が深い為に、逆に自分自身の深い精神性を見つめることにもなるのだろうと私は感じている。

 是非多くの人に、アール・ブリュットを知ってもらいたい。



 ところで百年以上の歴史を誇る芸術の祭典、ヴェネチア・ビエンナーレに今年、滋賀県の澤田真一さんの作品が招聘、出品されている。数年前まで世間にその存在が知られることの無かった澤田作品が、ついに国際的な芸術の檜舞台にまで躍進したのは快挙だし、痛快だ。心からの祝辞をお送りしたい。私が澤田さんの宇宙に魅入られたように、これから世界中の人々がどんどん巻き込まれることだろう。

(写真:澤田真一作)

「アールブリュット」とは何かを考えてみる(4)

 非現実の世界を創造主として一から作り上げてしまおうとするアール・ブリュットの作家の考え方からすると、その世界では当然、自身が神となる。唯一無二の神、つまりキリスト教でのキリストやイスラム教でのアッラーのような一神教の神である。アロイーズやヴェルフリなど西洋のアール・ブリュットの人達の作品には、しばしば自身を神として崇める傾向が見られる。

 これまで、アール・ブリュットと密教を比較して考察を重ねているが、密教は一神教ではない。前回説明したように、全宇宙の創造主が大日如来であるのなら、なぜ大日如来が唯一無二の神として存在しないのか。これには密教独特の解釈がある。
 例えば、陶芸家の私が「うつわ」を作っているとする。この立場を一神教的に考えると「うつわ」にとって私は、色や形を与えて生み出しているので創造主となる。しかし密教では「うつわ」そのものが自然と沸き上がって生まれ出て来たものと考えられている。確かに見方を変えれば、私は粘土を「うつわ」へと形を変化させたに過ぎない、形あるものはいつか壊れる。「うつわ」もいずれはまた土に戻っていくのだから、創造というものは一時的であって、あってないようなものなのだ。それは私という存在そのものも同じだ。
 簡単に言ってしまえば大日如来は宇宙の創造主であり、創造されるものでもある。つまり全宇宙を構成するすべての存在となっているのだ

 アール・ブリュットの提唱者であるジャン・デュビュッフェと親交を重ね、55年にも及ぶ歳月をアロイーズ研究に情熱を注いでいるアロイーズ財団の会長ジャクリーヌ・ポレ=フォレルは、2009年に開催した「アロイーズ展」のために来日した際、文楽をとても見たがっていた。あいにくスケジュールが合わずにその願いは叶わなかったが、今になってなぜ彼女が文楽を見たがっていたのかがよく分かる。
 文楽は操り人形を動かして浄瑠璃を演じるのだが、舞台には、操り人形の他に人形遣い、物語を語る太夫、三味線が存在している。観客からは人形の他に人間の姿が丸見えなので、虚構の世界を現実の世界の中に作り上げている様子を見ることになる。
 つまり文楽は虚構の世界と現実の世界という2つの異なった次元を同時に体感させる劇場なのだ。この現象にオペラを題材とした非現実の世界を作り上げたアロイーズを当てはめると、操り人形である自分、操り人形を操作する自分、操り人形である自分が自分によって操作されている舞台を観客として俯瞰して見る自分というような構成になったのではないかとジャクリーヌさんは思い当たったのだろう。
 どの断片にも自分の存在がある。つまりアロイーズは創造主であって創造されるものでもある。密教における大日如来の考え方に当てはめると、アロイーズは自身の宇宙を構成するそのものの存在になったと言える。アール・ブリュットも際立つと宇宙が見える。ますます興味深い。



写真:2009年に滋賀県のボーダレス・アートミュージアムNO-MAで開催された「アロイーズ展」では日本家屋の中にアロイーズの12メーターにも及ぶ絵画を壁面に展示した。
 アートディレクターとして私が考案した展示方法だが、そのイメージを超え強烈なアロイーズの宇宙を感じる印象的な空間となった。(この展覧会は東京ワタリウム美術館、旭川美術館に巡回した。)

(あさひかわ新聞 2013年5月14日発行 工藤和彦コラム「アール・ブリュットな日々」より)

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「アール・ブリュット」とは何かを考えてみる1
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「アール・ブリュット」とは何かを考えてみる3


「アール・ブリュット」とは何かを考えてみる(3)

 自分のためだけに地球が回っているはずはない。自分にとって都合がいいだけの現実の世界など、あるはずがない。

 しかし、自分という存在を中心に世界を成り立たせる方法がまったく無いとは言えない。現実の世界で生命を維持しながらも、空想や妄想、幻覚、極端な思い込みなどで精神をコントロールし、心の中に非現実の世界を作り上げる。現実の世界から精神だけを分離して、その非現実の世界に閉じこもれば、自分にとって都合のいい世界で暮らすことは可能だ。

 アドルフ・ヴェルフリ(1864―1930)、アロイーズ・コルバス(1886―1964)、ヘンリー・ダーガー(1892―1973)。このアール・ブリュットを代表する三人は、スケールの大きな非現実の世界を心の中に作り上げた。他のアール・ブリュットの作家に比べ、その世界観を作品から垣間みるのは比較的容易だ。それは、彼らが長い年月にわたって膨大な作品の制作を繰り返し、自分の心の中に築いた非現実の世界が色濃いことにほかならない。

 アロイーズ研究に55年もの歳月をかけたアロイーズ財団会長のジャクリーヌ・ポレ=フォレルによると、アロイーズは妄想の中で泥の塊を空中に放り上げ、そこに太陽光線を浴びせることで色や形を生み出し、大好きなオペラの世界観を主体にした、全く新しい「地球」そのものを四十六年がかりで心の中に作り変えてしまったという。

 密教におけるマンダラは、悟りを得るための装置であり、象徴を駆使して全宇宙の姿が描かれていることを前回説明したが、その発想はアール・ブリュットにも見受けられる。
 マンダラの中心には大日如来が描かれており、全宇宙の創造主を表している。そして大日如来を囲むように、如来や菩薩など無数の仏が描かれており、隅に行けば行くほど仏の力量としては低くなるのだが、大日如来が世界の創造主であるのだから、すべての仏は大日如来の化身である。つまり、全宇宙の物質、現象をたどっていくとすべて創造主へと繋がっているという図式だ。全宇宙は創造主そのものと言っていい。アール・ブリュットにおいても、作家は非現実の世界を自身で作り出したのだから当然、創造主として存在しているので、アール・ブリュットの構造も作者が非現実の世界そのものの存在となっている図式なのだ。

 神秘体験によって全宇宙と一体になって、悟りを得るという密教の目的に対して、精神の安定のために非現実の世界を創造主として一から作り上げてしまおうとするアール・ブリュットの作家の考え方は極端でねじ曲がっているようにも思えるが、比較して考察すると大変興味深い。

アロイーズ・コルバスのスケッチブックより抜粋。背景にある赤い卵は作家自身の世界の起源の象徴として描かれているとジャクリーヌさんは分析している。

(あさひかわ新聞:2013年4月9日号 工藤和彦著 「アールブリュットな日々」より)

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「アール・ブリュット」とは何かを考えてみる2




「アール・ブリュット」とは何かを考えてみる (2)

 何らかの情報がきっかけで、記憶が鮮明となったり、空想や妄想が生じるのは、誰にでも日常的に起こる現象だろう。これは嗅覚、視覚、味覚、聴覚、触覚という五感の膨大な記憶の蓄積が複雑に関連し合って導きだされるものだ。

 人類は古代からこの作用によって五感に働きかけるという手法を巧みに利用してきた。「絵」や「文字」はその最たる物だ。「火」、「水」、「♨」という文字や絵から得る印象はおおむね共通しているはずだ。宗教においてもキリスト教における十字架などは象徴として効果的に利用されている。

 空海が中国から伝えた密教にはマンダラという物があるが、これは難解な密教の教義を象徴を駆使して見事に表している。ちなみに密教とはブッダによって創始された仏教の最終段階にあたるもので、仏教発祥から約千年後の五世紀にインドで発展し、現在はチベット、ネパール、ブータン、日本に伝えられている。

 密教は修行や儀礼によって生じる神秘体験で悟りを得る事を目的としており、マンダラはその神秘体験を導きだす「装置」として考案された。
 このマンダラには、大日如来を中心に無数のホトケや神々が象徴として描かれており、全体で大宇宙を表している。修行ではマンダラを頭の中で思い描く事を繰り返し、神秘体験 によって大宇宙と一体となり悟りを得るというものだ。

 
(「胎蔵マンダラ」安達原 玄・作)

 私は、このマンダラとアール・ブリュットにいくつかの類似点を見つけ興味深く思っている。
 その最たる点はアール・ブリュットも「装置」としての機能が非常に高いことだ。

 アール・ブリュットの創作者は、造形を繰り返し創造する事により、現実の世界から経験や記憶によって自分にとって都合良く作り上げた非現実の世界に赴き、心の平静を得ている。この行為によって作り出された物を私たちはアール・ブリュットと称しているのだが、作者にとっては非現実の世界へ向かうきっかけ、すなわちスイッチ、装置という役割でしかなく象徴そのものだ。
 現にアール・ブリュットの作者は、出来上がった作品に対しての感心は希薄である。自身の精神世界を色濃く作り上げていくプロセスの方が作品より重要なのであろう。

(あさひかわ新聞 2013年3月12日 工藤和彦コラム 「アール・ブリュットな日々」より)

<参考>
アール・ブリュットとは何かを考えてみる(1)
アールブリュットとは何かを考えてみる(3)

密教 (ちくま学芸文庫)
正木晃著 密教の歴史的背景やその意味するところ、実践までも解説された貴重な一冊

安達原玄 仏画美術館
仏画師 安達原 玄さんの仏画、マンダラが200点以上展示されています。

「アール・ブリュット」とは何かを考えてみる(1)

 「心」というものは、優秀な外科医や脳科学者、精神科医であっても見ることが出来ない。存在する「形」がないからだ。しかし、私たちは社会生活を営む上で、この実体のない「心」というものを他者と少なからず通わさなければならない。一般的には、社会通念や生活体験を他者と共有し、共感を繰り返すことで、常識的な「心」の有り様を自分の中に築き、相手の「心」を推察できるようになっていく。

 しかし、なかなか上手くいかないのが世の常だ。時には全く「心」が通わないと感じる人もいる。それは共有できる情報量が著しく少ないからでもある。生きて来た過程が、自分のものや一般社会に多くあるものと異なっている場合は、特にその隔たりは大きい。社会生活に興味がない、または孤立して過ごしている人達の「心」の有り様を推察するのは容易ではない。
 
 先に述べたように、「心」というものは形が無い。入れ物もない。「小心者」と言うように小さくもなるし、「寛大な心」というように大きくもなる。そして、傷つき易くもあるし、強靭でもある。自分のリアルな「心」の有り様を表現することは自分でも難しい。子どもの頃には明確だったかもしれないが、年齢や社会経験を重ねると、世間に理解されずに孤立してしまうのではないかという恐れもあって、次第に抑制してしまい、自分がどんな「心」を持っているかを問われてもあやふやとなる。

 世界にいるのが自分ただ一人で、他者を意識することなく、また理性に抑制される必要もないと考えたら、「心」は一〇〇%開放できるのかもしれない。

 アール・ブリュットは作者が一般社会の常識的な「心」の有り様から逸脱、孤立していることによって自分の「心」の世界を色濃く昇華させた成果でもあるのだ。

 フランスの画家、ジャン・デュビュッフェが提唱した「アール・ブリュット」を私はこのように解釈している。
 「アール・ブリュットとは、経験や記憶によって培われた個人的な哲学思想が反映されて生み出されたもので、着眼点、発想そのものが作者に起因しており、他に類が見当たらない希な表現である」
 (ここでいう「経験や記憶によって培われた個人的な哲学思想」というのは「心」というものを私なりに具体的に考えたもの)
 
 このような解釈を踏まえた上でアール・ブリュットを見ることにより、作家の世界観がより浮き上がって見ることができる。

(つづく)

Aloise「Le Bateau poules」「めんどり船」
紙、油性チョーク 84×59,5 cm (制作1960〜〜1963頃)
アール・ブリュットの代表的な作家、アロイーズ・コルバスの作品。
46年間、社会から隔絶された環境で、自分だけの世界を「心」の中に描き出し、その世界の創造主として自分を昇華させ、画面にも登場させている。

(あさひかわ新聞 2013年2月11日号 工藤和彦「アール・ブリュットな日々より」)

(参考)
アールブリュットとは何かを考えてみる(2)
アールブリュットとは何かを考えてみる(3)

子と親と芸術

「子と親と芸術」

 年末の片付けで、思い出深いものが出てきた。芸術家佐々木卓也さん(1975〜)が描いた我が家族の肖像だ。
 作品には制作年の記載がないが、長女が描かれてないことや、着ている服の感じから中央の長男が1歳の夏に描かれていることが推察できる。その長男はいま14歳だから1999年8月の作と思われる。
 この絵を佐々木さんは、目の前であっという間に描いてくれた。作品からは僕たち家族の当時の雰囲気が生々しく伝わって来る。


『佐々木卓也作「工藤家の肖像」1999年 紙、鉛筆、色鉛筆 297×210(mm)』

 佐々木 さんは小さい頃から、見たものを圧倒的なスピードで表現できる才能を持っており、呼吸するかのように作品を作り続け、その制作量は夥しい。特に粘土による造形力は圧巻で、大量の粘土の塊から動物や人物像などを瞬く間に形作ってしまう。一度見たものは記憶として残り続けるので、いつでもどこでも、鮮明な記憶の中から引き出して制作出来てしまうようだ。
 1995年に全日本アマチュア陶芸コンテストで入賞、その翌年には若手陶芸家の憧れのINAXギャラリー(東京)で初個展を開催。池田満寿夫さんや現代陶芸で知られている西村陽平さんなどに、早くからその才能を注目されている。近年では2010年に栃木県立美術館での「イノセンス」展に草間彌生さん等と共に作品を紹介された。

 佐々木さんとは15年にも及ぶ付き合いだが、深くお話ししたことがない。彼は会話が極端に苦手なので、対外的なサポートはお母様がしている。生活を共にしているだけに、作品がいつ、何処での記憶から成り立っているのかなど細かく把握していて、作品の背景を知ることが出来る。佐々木さんにとっては、最大の理解者であり、支援者だ。
 しかし、一般的に親が支援者となることは難しい。それは、親子の関係では影響力があまりにも強く、才能を妨げることもあるからだ。その事を理解した上で親が支援者となるには忍耐と根気が必要となるだろう。その辺りをお母様にそれとなく聞いてみると、「頑固なので私の言うことを聞かないのよ」と言って笑っておられた。
 他者からの影響を受けないという点で、佐々木卓也さんはアール・ブリュットに近い存在とも言えるようだ。近年、「頑固」を貫くのは大変難しい。社会との折り合いから何事も「許容」してしまう。しかし佐々木さんは「頑固」というスタンスで、作品の独創性を高めるととともに、その制作スタイルから多くのファンや協力者を得ている。無論、それは母親のサポートがあってのことだ。
 見つけた肖像を見て、自分は父親として我が子たちの「頑固」を何処まで延ばすことが出来るものか、それを問われている気がした。

(あさひかわ新聞 工藤和彦の「アールブリュットな日々」より 2013年1月15日掲載)

佐々木卓也さんのホームページ

奇人研究会

 「奇人研究会」 
 
 先日、奇人研究会の海老名ベテルギウス則雄さんが我が家に来られた。  
 海老名さんは、横浜の中華街でド派手な帽子をかぶって颯爽とママチャリで走り抜けて行くおじさん、通称「帽子おじさん」こと宮間英次郎さんを最初に見出した人だ。

 電話がなく、住所が転々と変わってしまう宮間さんに連絡をとるのは難しく、まずは一番の理解者で、宮間さんの行動を熟知している海老名さんに所在をつかんでもらい、連絡をとっていただくのが手っ取り早い。そんなこともあって、海老名さんは宮間さん関係の依頼にその都度対応して下さっている。海老名さん無くして、宮間英次郎さんがこんなに世の中に知られることはなかっただろう。


(左から工藤和彦、海老名ベテルギウス則雄さんと奥様)

 海老名さんは奇人を研究している奇人研究会(正式には畸人研究学会)の会員で、宮間さんの他にも街の中にいる変わり者、奇人と言われる人達を研究している。その研究員の人数が気になったのでうかがってみると、「3人」ということだった。しかも、そのうちの一人は奥様で、メンバーの一人は最近ご無沙汰だという。無論、NPOなどではなく、全く自分たちの興味本意で動いている内輪の会といっていい。

 私は、この会はとても素晴らしい会だと思っている。なぜなら、研究対象とする人に対して、人間同士の尊厳を持った付き合いを重ね、時間をかけて信頼関係を構築しているからだ。さらに、研究対象とする人の利益やパッションを損なわないように計らいながら、外部の人に上手く橋渡しをしている点が素晴らしい。

 長年、滋賀県の福祉施設で陶芸を指導し、現在は世界的に注目を集めているアール・ブリュットの作家である澤田真一さんの創作を見守っている池谷正晴さんが、「私らは黒子です。目立ったらあかんのです」と言っておられたことを思い出す。
 じっくりと時間をかけて信頼関係を構築している人が近くにいることはアール・ブリュットの作家にとって非常に重要であり、また、そういう人がいることで、情報が集まり、様々なアール・ブリュットの展覧会を開催することが出来るのだ。
 
 読者の皆さんも、まずは「奇人研究会」をご家族やご友人で作ってみてはいかがだろうか。近くに少し変わった人生哲学を持った研究対象となる奇人が、必ずいるはずだ。

(あさひかわ新聞 10月9日号 工藤和彦著「アールブリュットな日々」より)

宮間英次郎さんの記事

哲朗君と粘土の楽しい関係

哲朗君と粘土の楽しい関係
 
 年に数回、私の工房に哲朗君はやって来る。彼との付き合いは、もう12年にもなるだろうか。最初、哲朗君は粘土に触れるのを嫌がっていた。次第に粘土には触れられるようになって、叩いて皿を作ることを教えたりしたが、楽しそうではなかった。粘土の感触や造形の楽しさを彼に伝えたいと思う私を困らせた。その哲朗君が劇的に変わったことがあった。

 出会ってから7年目。無造作に、机から床に落ちた粘土の「音」に気がついたことだった。工房の床下は空洞になっているので、音が共鳴したようだ。私には特に気になるような音ではないのだが、視覚に問題のある哲朗君は驚くほど聴覚が敏感で、それに気がついたのだ。それからというもの、哲朗君は粘土をちぎっては床に放り投げる事を繰り返すようになった。このように積極的に粘土と関わる哲朗君の姿を見て、私は衝撃的だった。陶芸をする者としては粘土を床に落としたらゴミが付くし、床も汚れるので本来は嫌なのだが、哲朗君があまりにも楽しそうにしているから、私は口を出さず見守ることにした。放り投げも2年後にもなると,哲朗君はバケツの水の中に粘土を落として、音を立たせることも発見した。投げた粘土が偶然に作業場のバケツに落ち,「ポチャーン」と音が響いたことがきっかけだった。聴くところによると、どうやら哲朗君は幼少の頃にマンホールの中に小石を落として「ポチャーン」という音を聞くのを密かに楽しんでいたそうで、近所のマンホールを小石で埋めてしまったという逸話もあるらしい。この「ポチャーン」という音が粘土の分量を加減する事で変わっていく事に気がついた哲朗君は,大小さまざまに粘土をちぎって投げ入れて音を聞くようになった。しばらくすると、バケツに溜まった粘土を泥水とともに空中に放り投げて床に落ちる音を楽しむようになった。まるで火山の噴火のような感じだ。
 泥を頭からかぶって、はしゃいでいる彼の姿は、私にとってなんとも神々しい。

 粘土と戯れて心の底から楽しんでいた私の感性は、いったい何処に行ってしまったのだろう。遠い記憶の彼方になってしまった。
「粘土をもっと楽しもう」
 今となっては、哲朗君に私は大事なことを教わっている。


写真:泥まみれの哲朗君

(あさひかわ新聞 2012年9月11日号 工藤和彦 「アールブリュットな日々」より)

シャウトをアートに込めて 藤井晋也

シャウトアートに込めて

 
「無題」藤井晋也 2011年 720mm×510mm クラフト紙 ペン

 滝川市在住の藤井晋也さん(42)から「新作が出来ている」と電話があったので、久しぶりに訪ねてみた。

 藤井さんは、私が代表を務めているNPOラポラポラが道立旭川美術館で企画主催した「北海道のアウトサイダー・アート」(09年)にご出展頂いた作家で、緻密な画風に注目が集まった。その後も札幌の若手アーティストたちのグループ展に招待されるなど活躍している。

 藤井さんの画風は緻密ゆえに制作に時間がかかり、1枚を完成させるのに約三カ月を要する。作品が溜まったらぜひ個展をしてみたいと、私は切望していた。
 私と藤井さんは年齢が近く、同じ時代を過ごして来ただけに、彼との話は大変興味深い。今回の訪問では時間をかけてじっくり彼と話した。

 藤井さんは小学校、中学校、高校で、イジメにあい、心の中にどうしようもない怒りが渦巻いていた少年時代を過ごした。

 相手の事を理解せず、言葉や行動で精神を傷つけて反応を楽しむような卑劣な行為が今も昔も学校や社会にある事はまったく残念だ。
 自分と違っている考えや感性、行動を奇異と捉えず、相手の内面をじっくり見ることが出来れば、自分の価値観に無いそれらの行為を理解し、新しい発想や世界観を得られるのに、まったくイジメとは、もったいない関係性だ。
 多様な価値観を認め合い、発展させてこそ人間社会は豊かになると私は思っている。

 藤井さんがアートに心を寄せたのは、行き場の無い自分の想いを吐き出したかったからだ。  
 高校時代にマンガ雑誌の公募にシンボルマークのデザインがあり、応募したところ紙面に掲載。それがきっかけとなってデザインに興味を持ち、高校卒業後は北海道造形デザイン専門学校に進学し、商業デザインを学ぶ。
 卒業後は海外での創作活動を夢見た。資金調達のために愛知県の自動車組立工場をはじめ札幌や東京でガードマンをしたが、不規則な生活と創作活動で体調を悪くし、ついには精神が不安定となり統合失調症となった。自宅での療養を経て、ようやく07年から少しずつ絵を描けるようになったという。

 藤井さんはCDやラジオから流れる楽曲を聴きながら制作する。「音の波動から生まれてくる線」で構成した文様は、バリのイメージ、ロボット、昆虫、植物、貝殻など様々なものと組み合わされている。

 以前に拝見したものと比べると、さらに表現が固まって、独自の世界がよりリアルになっている。「どんどん聴覚が研ぎ澄まされるのです」と彼は言う。

 芸術によって精神世界で真の自由を獲得しようとする藤井さんの姿勢を私は尊敬している。

 海外での個展という彼の夢を実現させたいと、私も密かに強く思っている。

(あさひかわ新聞 2012年8月14日号 工藤和彦「アール・ブリュットな日々」より) 
Kazuhiko Kudo, a Japanese potter in Hokkaido

Kazuhiko kudo introduction in English by The Tripout.

工藤和彦のインスタグラム

《個展・企画展情報》


5月2日〜5月7日

ギャラリー唯

《今後の個展/企画展情報》
  • 個展*此方 (厚真町・北海道)
    5月20日〜5月29日
  • 個展*北の住まい設計社 (東川町・北海道)
    5月27日〜6月11日
  • 個展*だいせつ倶楽部 (上川町・北海道)
    6月14日〜25日
  • 粋人館 (愛別町・北海道)
    8月中旬
  • 個展*D&DEPARTMENT(札幌・北海道)
    8月15日〜10月1日
  • 個展*はこだて工芸舎(函館)
    9月8日〜9月19日
  • ニューヨークSARA企画展(NEWYORK)
    9月14日〜9月16日
  • 個展*仙台三越美術画廊 (仙台)
    9月20日〜9月26日
  • 三渓園 企画展 (横浜)
    10月5日〜10月7日
  • 個展*花のアトリエこすもす(金沢)
    10月28日〜11月5日
  • 個展*三越札幌美術画廊 (札幌)
    12月12日〜12月18日
  • 暮らしのうつわ花田企画展(東京)
    2018年
  • 三越名古屋栄美術画廊(名古屋)
    2月21日〜27日
  • 西武池袋美術画廊(東京)
    6月6日〜12日
  • ※展覧会の日程は変更がありますので、ご注意ください。


  • 工藤和彦のホームページ
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